恋は落ちるもの、と誰かが言った。
気づいたときにはもう夢中。逃れることはできないね。
明日も今日と同じ日が続くかと思っていたけど恋に落ちて気づいたよ、昨日とは違う彩とりどりの世界。
なんだか胸がいっぱいでごはんが進まないんだ。恋い焦がれてるからかな。
おかしいな。普段の私はこんなんじゃないんだ、ごはん一合もぺろりと食べられないなんて。
おかしいな、締め付けられるような胸の痛み。もだえるよ。会えないからじゃない、好きと言えないからじゃない、胃が悪いんだ。
恋煩いと同じかな。ほっとけばこの胸の痛みに慣れるかな、いやそんなことないな、病院行こう。
初めて私を見たあなたは今日何を食べたか聞いてきたね、私に興味があってくれて嬉しいよ。
まんじゅう食べてきたんだ、私は和菓子が好き、あなたは何が好き?そうやって二人の好きの間を好きで埋めていきたいの。気づいてる?問診票とカルテは私のことでいっぱいのようね。
そしてあなたは言ったんだ。もっと私のことを知りたいって。カメラで見ようって。胸の内をさらけ出せるのはきっとあなたにだけよ。喜んで見せるわ。
そして次の日私はまたあなたに会いに行ったの。約束を破って夜中にかじったチョコレートがばれませんようにって。
こんなに胸の内をさらけ出すのは初めてだから緊張してしまう。
その前に秘薬を飲ませたね。仕方のないことよ。恋心のようにこれが苦いか甘いかは気分で変わる。
カメムシ以上に苦かったわ。恋なんてそんなもん。そんなに甘やかさなくていいわ、苦味がなければつまらない。
そして始まる、ロマンチック胃カメラタイム。
ここから先は抗ってはいけない。抗ったら進まないの。あなたの力強いその腕に全てを委ねるわ。
制約ばかり押し付けるけどそれは二人の秘密のルール。
そのカメラで私の腹の内をのぞいてよ。きっとそこには「好き」って書いてあるから。
麻酔をかけられて私の喉は動かない。声は出ない。嘘は言えない、それでいい。
大切なことはほんの一握り。無駄な言葉はいらないの。好きだけあればいいの。
力を抜いて抗わない。喉が胸がひりひりするの、恋い焦がれて焼けてしまったのかもしれない。
ならばその胸の内の本当を見いだしてよ。
風をふかせて、ライトで照らして。私は吐き出さないよう涙を流しながら胸の内のさらすよ。
抗わなければうまくいく。抗わなければうまくいく。
私の本当の気持ちとあなたの本当の気持ち、抗わないで受け入れる。
胸の内が見えたらそのカメラを抜いてよ。顔中から溢れる水はなんだろう。歓びの泉はここにある。好きなだけティッシュを使ってと差し出してくれたティッシュボックス。あなたの最初のプレゼントで私はよだれと鼻水をぬぐうわ。
部屋の灯りをつけてあなたは言ったわ、私の胸の内は健康って。ちょっと形が変って言い残していなくなってしまったわ。
あなたの好意がなければ恋は成立しないの。
あなたの好意を受け入れなければ恋は成立しないの。
恋は1人ではできない、胃カメラと一緒。
胃カメラをやる人と受ける人がいないと胸の内は知れないの。
大事なのは抗わないこと。変に力むとうまくいかないわ。
うまくいかなくても人間の自然治癒力に任せれば時がたつにつれて次第に元気になるわ。
だから恐れることなんてない、あなたの仰せのままに私は生きるわ。胃薬ちゃんと飲みきったら元気になったわ。ありがとう。あなた。
という、明後日33歳になる友人Kに捧ぐ恋の歌です。恋は胃カメラと一緒と力説してもうまく伝わらなかったですが。