こんばんは、ねね(姉)です。
最近レトロな建築物が好きで、レンガやタイル張り、デザイン窓や昭和型板硝子など今ではない凝った作りのものの美しさは一目見れば惚れ入ってしまうほどで、下町の路地や地方都市にひっそり佇む名もなきレトロ建築物を見るとこの建物についてもっと知りたいと強く思うのです。
そういうレトロ建築物は個人宅だったり営業しているのかわからない店舗だったりするので深入りできないことが多いです。
先日バスの車窓から「あ!あれは!」とねねの目に留まったレトロ建築物は美容室でした。
黄土色の壁や2階のデザイン窓、扉のガラス、レースのカーテン、全てが美しく見えました。
「あぁ、このレトロ建築物のことをもっと知りたい。行ってみたい。ここで髪の毛を切ってもらおう。」
と思ったので思いきって行ってきました。
営業中の札。だけど店内は暗い。覗いてみると誰もいない。
もしかして営業中の札をひっくり返さないまま廃業になったのか?などと考えながら恐る恐る扉を開けるとチャイムが鳴りました。
奥から「はいはい、今行きます。」と声が聞こえたので少し待つと、品の良い小綺麗な御婦人が出てきました。
白髪の小柄な御婦人。後期高齢者と呼ばれるくらいの年齢だろうか。睫毛まで白髪で背中は曲がっていたがハキハキお話される。
ねね「えっと、予約してないんですけど、カットをお願いできますか?」
御婦人「え~と、ここで切るの?切ってもお気に召すかわからないから…。」
と渋られます。そりゃそうだ。御婦人から見たら年代もまるで違う若者がカットしてくれと言うのだもの。場違いなねねが来たことで困惑させてしまっているのを申し訳ないと思いつつ
ねね「いつも束ねているので毛先を少し切って頂くだけでいいので」
御婦人「そう?大丈夫かしら。」
こんなやりとりを少しして毛先を2㎝だけ切るという合意が得られ席に通してもらいました。
こざっぱりとした店内。
ワゴンの上は謎の液体とレトロな霧吹きがあってかわいいなと思いながら店内を見ていると黄色いケープをかけられました。
入店したときに御婦人がつけた石油ストーブがぼぼぼっとやっとつき、石油の匂いがふあっと漂ってすぐに消えました。
髪の毛をとかしてもらいいよいよ御婦人のハサミが入ります。
あ、御婦人というか美容師さんか。
美容師さん「じゃあ少しだけ切るね、(ジャキ) (切れた髪の毛を見せながら)2㎝だとこのくらいよ?いい?」
ねね「はい、それくらいでお願いします。」
と答えました。
ねね「ここの建物は古いですね。いつ頃からあるんですか?」
と聞くと返事はありませんでした。カットに夢中になりすぎたようでそれどころではなかったようです。
丁寧にハサミを一直線に入れてくださり、ねねは「こういう感じを求めてたんだよ!」と楽しくなってきます。
店内は薄暗くも、窓からの自然光で昼間の実家のような穏やかな光加減です。
奥の棚に
消毒容器!
はぁ。こういうの好き。ホーローの白地に青の文字が清潔感を演出している。フォントが昭和のクセがあって古くさくてちょっと怖ゾクゾクします。きっと消毒したハサミなどを入れているのでしょうね。
昭和遺産を目の当たりにして喜びが込み上げてきます。売っているなら欲しいものです。
室内の電気は不思議な色。
壁紙も昭和っぽくてこの電球の良さを引き立てているようです。
カットが終わって鏡で見ると長さは変わっていないけれど毛先が昭和っぽくなっていてうれしかったです。これで大丈夫ですと伝えカットは10分もせず終了。
先ほどスルーされた質問をもう一度してみることにしました。
ねね「この建物はけっこう古いですよね。」
美容師さん「ここはもともと歯医者さんだったのよ。でも死んじゃってこれから先どうしていくかって話になったとき洋裁か美容室にしようとなって、私は髪の毛いじる方が好きだったから29歳の時に美容学校に行って姉と一緒に美容室を始めたのよ」
ところどころ主語が抜けているので詳細はわからないのですが、多分姉の旦那さんが歯医者だったが先立たれてこれから生活していくのに手に職をつけることとなり2人で美容室を開業したのだと思われます。
美容師さん「その姉も5年前に亡くなってね。今は私1人でやってるの。もう古くからのお客さんしか来ないから。」
ねね「そうなんですか。ところで奥様はおいくつなんですか?」
美容師さん「もう80を過ぎているのよ。」
ねね「80を過ぎてもハキハキお話されてハサミも持って…素晴らしいです。」
と感心するばかりでした。人の死の話が自然に出てくるのはきっと何人もの人の死をみてきているからだろう。会ったこともないお姉さんに心の中で合掌しました。
ねね「お店の中の様子写真撮らせてもらってもいいですか?」と聞くと快くOKが出たので撮らせてもらいました。
美容師さん「古いものでしょう。黒電話はまだ使っているのよ。音がよく響くからね。本当はもう1台あったのだけど。」
こういう、ダイアル式の電話は昭和59年生のねねが小学校に上がるときまではあった気がします。茶色い木の床、黒電話、レース編みのカバー。懐かしむとちょっとした切なさも込み上げてくるのはもう2度と戻れない世界だからなのでしょうか。
美容師さん「歯医者の頃からお店の中はあんまりいじってなくてね。奥では技工もやっていたのよ。」
ねね「歯医者には見えないくらい素敵なお店です。」
本当にそう思う。ショーケースの中も誰も手を付けず時が止まっているかのよう。ちょっとしたレトロ博物館のようです。
光が反射してカメラ写りが悪いのが残念。スマホカメラじゃなくてちゃんとしたカメラ持っていけば良かったと思います。
帰り際
美容師さん「こうやって会えたのも何かの縁だから機会があればまた来てくださいね。」
ねね「また伺います。また来たいです。今日は本当にありがとうございました。」
と重ね重ねお礼を言い、扉を開けようとするとこれまた素敵なレトロが。押すの文字が最高にいいですね。
外に出ると井戸なのか丸い筒があってこの名もなきレトロ建築物がありのまま残されていることを嬉しく思うのでした。
レトロ建築物の中に入りたい>自分の髪の毛という気持ちの大きさがあるので、正直カットはどんなカットでもいいのです。
ヘアスタイルをこだわる方にはオススメできませんが、レトロ美容室は時間が止まっていて不思議な感覚になります。
入るときに気を付けたいことは、地元の常連のお客さんがいらっしゃったらお邪魔しない、髪型にはそんなにこだわっていないのでざっくり切ってもらえればいい、ということを美容師さんに理解してもらうことです。多分美容師さん側も普段は常連のお客さんしかカットしないと思うのでそこに見知らぬ若輩者が表れたら緊張させてしまうと思いますので。
見たことのない昭和レトロな世界を見られたことや建築物に触れられたこと、そして80を過ぎた美容師さんにカットしてもらえたことは人生でこんな日がある!?というような特別で素敵な体験でした。
名もなき美容室の歴史に残されない美容師さんの人生のドラマと言うには大袈裟だけどこの美容室と共に生きてきた人の話を聞くのは時間を旅しているような楽しさがあります。
レトロ建築物に飛び込んで美容師さんのドラマを聞けてこんなことをあと何回経験できるのか、とか、あの美容室がいつまであの形であるかわからないけどまた行きたい、あの美容師さんに会いたい、とか、ぐるぐる考え、今日のことは忘れたくないなと思うのでした。