1月7日、月曜日。お正月休みも終わり冷たく澄んだ空気を割って歩く朝。日差しがまぶしい。こんな朝早く歩くのは久しぶりだなと思う。いつもの電車は学生さんがいない分空いていた。まだ冬休みなのだろう。
こんな朝の空気を吸うと思い出す。何年か前のお正月休みのこと。不思議で不器用な人と付き合い始めた。夜神楽坂でバルをはしご、2件目のバルでナッツとサングリアをゆっくり飲みながらだいぶ酔っていた。気がつけば終電はなくなり、バルの閉店時間になってしまった。
路頭に迷う深夜2時。
気まずい時間。恋人同士ならタクシーでどちらかの家やホテルに行ってしまえばいい。だけども我々はそんな気心も身体も知れた関係ではなかったのでどうするか悩んだ。
少し歩いて駅前の朝まで営業しているチェーン店の居酒屋へ行く。寒さを凌がねば。フロアにはほとんど客はいなかった。
席につき鏡月のボトルを「これを朝まで2人で飲もう」と頼んだ。お互いのグラスに注ぎあってダラダラと飲む。他愛のない話をして。今まで生きてきたことの話。私の知らないあなたの話。あなたの知らない私の話。
鏡月のボトルはなかなか減らない。今日はもう飲み過ぎたみたいだね、とヘラヘラ笑ってだらしなく飲み続ける。
真面目な話も未来の話もしたくない。今をだらしなく楽しむだけ。2時からの眠りたいようで眠りたくない尊いとき。
ミントを育てて食べた話、実家の風呂を作った話、元カノがおかしくなってストーカーになった話、パスタを食べるフォークでケツを刺された話、トイレに駆け込んでトイレットペーパーで止血した話。
どれもあなたでどれもいとおしくてちょっと可笑しい話。
色々と頑張ってきたんだね、あなたの今まで辛かった全ての時にあなたの頭をよしよしして「頑張ったね、あなたはすごいよ」と言ってあげたい、と言ったらあなたは泣いてしまった。
辛いことは誰にでもあってそれを乗り越えてなんでもなかったように振る舞うけどなんでもなかったように振る舞えるまでどれ程の労力を使ってきたか、心がけ削られてきたか。考えると言葉につまるから。その全ての時を労える言葉など持ち合わせていないけど時間を戻せるなら自分のためではなくあなたの辛いときに手を差しのべられたらいいのになと思う。
わんわん子どものように泣いてすっきりした顔のあなたを見たとき笑ってしまった。これからはそうやって笑っていったらいいと思うと言った。
彼は誰時、電車が動き出す頃手を繋いで店を出た。寒いねとポケットに繋いだ手をしまう。その日あなたと付き合うことになったがすれ違いが続き結局別れてしまった。あなたにもらったハンドクリームの香りはあの冬の恋の香り。未だに私はあのハンドクリームを買い続けている。
今朝の冷たく澄んだ空気はあの日の朝の帰り道と同じにおいがした。仕事場へ向かう足は少しだけ軽くなった。