昨晩ねね(姉)は何となく眠れず嫌な夜を過ごしていた。遠くから聞こえる救急車のサイレン。そういえば真冬のときよりも救急車が減ったな、真冬の夜は2~3日に1度は救急車のサイレンを聞いていた気がする。あぁ、春になったんだなと思い目を閉じた。
救急車の音はどんどん近づいてくる。この近づいてくる音は嫌い。救急車に乗ったことのあるねねは救急車で運ばれるって切羽詰まっているので怖いことだと知っている。
救急車は嫌な予感を的中させ、ねねが住むアパートの前で止まった。近所か?と思いながらストレッチャーの行く先を確認するとこのアパートに入ってくる。
もしかして、めめ(妹)?
さかもツインは同じアパートの向かいの部屋に住んでいる。一緒に住まないのかとよく聞かれるけども一緒に住むメリットがないしプライバシー(察して)というものもあるかもしれないので別々に住んでいる。
めめは酒に酔って床で落ちてたりするし、パイナップルでアレルギーみたいなの出ることもあるのでもしかして、アナフィラキシーショック?などと一瞬のうちに頭の中のそろばんはヤバいということをはじき出した。
着ていたパジャマを脱ぎ去り外に出られる最低限のワンピースを着る。
めめの家の鍵を持ち(合鍵は交換している)、めめの部屋へ行く。万が一めめが搬送されるならばねねは付き添って乗らねばならない。とにかく急げ、急いで様子を確認するんだ。
ガチャガチャ、くっ、鍵が焦ってうまく開かない。
ガチャガチャ、カッ!
開いたっ!扉の先でもしかしたらめめが倒れているかもしれない、最悪の事態も想像する。
あっ!
そこでねねはめめの驚くべき姿を目撃する。
冷蔵庫あさってぼんやりして「何?」と言うめめだった。
いつもの無印良品のハダカデバネズミみたいな色した情けないズボンをはいて立っていた。
は?
戸惑いがさかもツインを駆け抜けていった。無、という時間だった。
ねね「あれ、お前じゃないの?」
めめ「は?」
ねね「救急車来てるで?」
めめ「俺じゃねぇ」
ねね「あぁ、そう」
ねねは何であいつ夜中の2時に冷蔵庫あさってるんだよと若干の嫌悪感を示しながら鍵を閉めて自宅に戻った。
とにかく静かな夜で、救急隊員の人が行き来している。
空のストレッチャーだけが戻ってきた。
こういうとき、どうすればいいのかわからなくて何もできない。
どこの部屋の誰がどうして救急車を呼んだのか。大丈夫なのだろうか?心配になる。
けどもこのアパートの人のことを全然知らない。何度かエントランスですれ違う人もいるが軽く挨拶をするだけでどんな人か覚えてもいないほどにノーコミュニケーションなのだ。
下手に出ていっても何もできない。救急隊員が中へ入れなかったら声をかけようと思った。
誰かが部屋から出る気配もなかったが、しばらくして救急車はサイレンを鳴らし出発したので心配は残るけど無事病院に行けただろうことに安心した。
誰の声も聞こえなかったので、きっと1人で救急車を呼んだのではないか。
多分同じ年頃の女性が住んでると思われるので耐えられない腹痛や頭痛だったのではないか、と考えている。わからないけども。
ねねも救急車を呼んだことがありあれは初めて胃けいれんを起こしたんだと思う。とにかく腹が痛くて耐えられない。意識がなくなるほどではないが、内臓が破裂するかと思う痛さで、それも夜中だった。
偏頭痛も頭がおかしくなるような激しい痛みのときがある。これも意識がなくなるほどではないが「この痛みをどうにかしてくれ」とのたうちまわる。
そんな痛みをこのアパートの見知らぬ人も感じて救急車を呼んだのだろうか。
救急車のサイレンが遠くに行き、やっと着替えて再び寝床につく。
さかもツインの夜中のTwitter。
無力な深夜のさかもツイン。
結局あまり眠れずに今朝を迎え、静かな朝だった。
仕事を終え帰宅するも静かな夜で昨日救急車がきたことなど嘘のようだ。
独り身でいることを選んだ(というか選択肢が独り身しかない)ねねはこれから先具合が悪くなったとき救急車のお世話になるだろうか。その時靴とお金と保険証を持って鍵をかけてオートロックの外に出て待てるだろうか。
このアパートにはエレベーターがないので階段で降りていくしかないのだ。
それができなければ死につながる可能性だってあるし、その死までの時間はとても苦しいものとなるかもしれない。そして死が誰にも気付かれなければ腐乱する。
そんな死に方をすることもあり得る、と肝に命じなければならない。独り身でいるためのねねの覚悟。
このご時世プライバシー、個人情報保護が人命より優先されているのかもしれない。関われば人は何かしらトラブルを起こす可能性を秘めているから。
プライバシーに殺される。
お隣さんを頼れない、頼られない、それが本当に正しいかわからない。頼ってくれれば救えた命などこの世にいくらでもある。こんな薄情な世界に生きているのかと少し悲しくなった。何もできなかった自分を守るために世間体を責めているだけかもしれないし。
さかも一族のおやっさんが救急車で運ばれたとき「家族の人が同乗しないと発車できません」と言われて、近所のおばちゃんが「家族じゃないけど私乗ります!」と言ってくれたそうで、それを思い出した。結局ねねが駆け付けて乗って無事に病院へ行ったけど、あのおばちゃんのように行動できなかったふがいなさを感じている。
※万が一救急車を呼ぶときに知っておいた方がいいことを↓