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さかもツインの健康で文化的なようでそうでもない生活をお送りいたします

夜の風に吹かれて

今日は関東で真夏日となり昼間窓から射す光は熱を帯びて暑かった。

病院の浴室の換気のために開けられた窓からはもわっとした熱風が入りじんわりと汗をかく。

いよいよ夏が来る。今夜は暑くて眠れないかもと心配しながら帰路についた。

 

駅に着き家まで歩く。夕陽は沈み夜の風が吹き始めた。昼間の熱風と違い少しひんやりとした心地いい風だった。

 

この夜の風に吹かれると「いい夜だな」と思う。そして亡くなっていった人の言葉を、やり取りを思い出すのだ。

 

もう何年も前だが夏の終わりのムッとした暑さが続く頃の話だ。

そうだ、その年は記録的猛暑が続いて大変だった。40℃近くになる日もあった年だ。

 

とある女性の患者さんが入院してきた。肝臓癌の終末期。在宅での療養が難しいということで入院となったのだが、とても気難しい方で我々スタッフは投げ掛けられ無茶難題のような要望を頭を抱えながら対応した。

 

入院の日に外来まで患者さんを迎えにいくとズボンがずり落ちておしりが見えそうになっていたので直そうと手を出すと「触らないで!」と怒られたので第一印象は最悪だった。

 

ナースステーションに戻り「今日入院の人のズボン直そうとしたら怒られました。」と話すと「さっき私も…」「アナムネとったきたんだけどこりゃ大変そうだよ。」とスタッフが口々に言われたことを話し出した。

 

潔癖症でレンタルのタオルは使いたくない、部屋は窓際がいい、毎日身体を拭きたい、制約のある病院で、全部には対応できないこともたくさん言われ大変だったのを覚えている。

 

ずり落ちていたズボンについては後々腹水がたまってウエストゴムがきついからわざとそう穿いていたということを知り、それは失礼しました、という気持ちになった。

物事には理由があるのでその理由をきちんと理解すべきだな、と思った。

 

そんな我の強い患者さんなので看護師とも「こうしてくれ」「それはできない」とモメると言ったら言葉は悪いが確かにモメることもあった。

 

入院、優れない体調、奪われた自由、患者さんの機嫌はいつも悪くて八つ当たりされることもあった。「あの患者さんは本当に大変。在宅の方がいいんじゃないか?」と申し送りで何度もそんな話が出た。

 

独身の方で介護者が年老いた妹のみ。帰りたいという気持ちがあっても癌の終末期患者さんの痛みやだるさを配慮しつつ日常生活の援助をすることは困難という結論になった。徐々に動けなくなっていく患者さんに退院という選択肢はなく、嫌々病院で過ごすことになった。

 

ベッドの上は自室のようにこだわって物が置かれていた。その神経質というか繊細というか潔癖症というか、そんなところが私にも通ずるものがある気がしてしばらくすると他人には思えなくなってきた。きっといつか私もこうなるのではないか、と思った。

 

そう思ってからその患者さんとの距離が縮まり、「背中さすってくれる?」とかちょっとしたことを頼まれるようになった。彼女なりの信頼の証だと思う。背中の痛みがありさすってもらうと少し楽になるらしい。

 

決して名前では呼んでくれなかったけど「あぁ、あなた今日来てたの?じゃあお願いしようかな。」と言うのは面倒なことを頼まれても何となく許してしまうほどには距離が縮まっていた。

 

まだ暑い日が続いていたが窓際にやっとベッド移動ができたとき、他のスタッフに「窓を開けて」と頼んだら「暑いのにあけられない、他の患者さんもいるしみんな熱出たら大変。」と言われたそうだ。言ったスタッフも「こんなこと言うから困っちゃう。」と怒りながら申し送りをしていた。

 

そのスタッフが帰ったあと、病室に行き、こっそり窓を開けた。

やはし熱風が吹き込んで暑かったので「ごめんね、少しだけしか開けられないけどちょっと開けとくね、暑くなったら閉めるから。」と言うととてもほっとした顔で開いた窓を見ていた。

「窓締め切ってると空気がよどむのよ。エアコンもかかってるけど、こもって気持ち悪いのよ。臭いもあるし。外の空気が入るといいわ。さっきの人は何も分かってない。ずっとここにいて他の人のおむつの臭いがこもって嫌なのよ。あなたは分かってる。他の看護師とは違うわね。」と言われた。いつもムスっとしていた顔が少しだけフッと笑っていた気がする。

 

病室の空気。臭い。閉めきった空間。ここにずっといる人は窮屈で空気すら与えられるものになるのか、と思った。

 

私自信も家では窓を開けていることが多いし、閉めきった空間が苦手だ。

多分苦手なものが似ているから分かり合えたのだろうと思う。

「窓を開けて」というささやかな願いは患者さんにとって本当に本当に必要なものだったのだ。

褒められたことも嬉しかったが、風を感じてもらえたことの方が嬉しかった。

 

レンタルの病衣は借りずいつも黒い服を着ていたが、「私本当はおしゃれなのよ。」と言ったり、ユーモラスな一面もあった。なんだかんだで最悪の第一印象の誤解がとけて接することが苦痛でなくなった。親しみが後からわいてきた。

 

結局しばらくして状態が悪くなりナースステーション裏の窓のない小部屋へ移動になったがその頃には空気を気にする余裕もなく意識も徐々に落ちていき様子を見に行くと「辛いのよ。」としか言わなくなり最期の日はあっという間にやってきた。

 

一人で生きるというのは、大変なことだと思う。頼る人がいないというのは大変なことだと思う。自分のことをわかってくれる人がいないというのは大変なことだと思う。

 

まして病気で具合が悪いというのならば。

そりゃムスっとするし、八つ当たりもしたくなるだろう。それでも自分が近いうちに死ぬことを知りながら生きていたことは強くて立派だったと思う。

 

病院で働くにあたり、患者さんがなるべく季節や時間、気温を感じ、自分の意思で手に入れられるものはなるべく多くあってほしいというのが今の私の信念だ。

 

窓をあける。そりゃ台風や木枯らしの風は入れるべきではないが、いい風が吹いているときは窓をあけることをしている。風の大切さをあの患者さんに教えてもらったからだ。

 

当たり前に風を感じているが、風に吹かれるとあぁ、生きてるなと思う。涼しくて心地いい風が吹くこんな夜はあの患者さんのことをふと思い出し冥福を祈るのだ。そして風の大切さを教えてくれてありがとうと小さな声で言い夜の風に溶かして消した。きっと届いているに違いない。