ここから先は私のペースで失礼いたします

さかもツインの健康で文化的なようでそうでもない生活をお送りいたします

その男、ちょんまげハリウッドにつき。

まるでちょんまげハリウッド。

人はその男をちょんハリさんと呼ぶ。まるでちょんまげハリウッドの真意はわからないしちょんまげではない。ハリウッドに何かしら関係があるのかもしれないがその男の存在を知ってまだ数年の私にはハリウッドである由縁はわからない。本名は別にある。それでも皆ちょんハリさんと呼ぶ。ちょんハリさんと呼べばその男は返事をする。それが名でいいらしい。

 

夜風が心地いい日にその男は言った。

「下半身をキャタピラに改造します」と。

人魚姫のように右腰に重心を傾けてしなやかに座るその男は再び言った。

「下半身をキャタピラにします」と。

 

手元には焼酎のロックがあった。ずいぶん飲んだらしい。その男の目はすでに輝きを失っていたが、近くにいる美女に蜜が溶けるような視線をくべていた。

 

多分酔ってしまったのだろう。酒にも美女にも。それが男というものだ。普段の目付きとは違うその男はいい声をしている。甘くてほろ苦く響くその声はチョコレートのようだ。彼が声を発すれば世界はとろけてしまう。甘美な声はいつだって囁く。

「下半身をキャタピラにします」と。

 

その男の股関節はずいぶん前から痛みを放つようになっていた。立っても座っても痛いのだ。日に日に痛みを増すその股関節に耐えきれず病院へ行った。エックス線を浴びて写し出されたその男の繊細な股関節は先天性股関節形成不全だった。

左の股関節の痛みはこの先も付き合っていかなければならないらしい。今はまだ痛みが引かないため人魚姫のようにしなやかに座るしかなかった。

 

この股関節が動かなくなったら、歩くことも立つことも難しくなる。その前に股関節を手術しなくては。どうせメスを入れるなら下半身をキャタピラに。

キャタピラになればどんな悪路だってすいすい進める。天災が多いこの国だからこそキャタピラの技術は必要不可欠で日々発展している。

「下半身をキャタピラにします」と言うと美女は微笑んだ。その男のまるで世界一幸せだというような恍惚とした表情でキャタピラ手術について喋った。美女の笑顔は完全にその男のものとなった。

 

メンテナンスの話。寝たきりになったときの話。見た目の話。下半身がキャタピラになった彼はきっと強いだろう。

 

ひとつだけ心配があるとすれば彼が飼っている黒いチワワのことだ。キャタピラで轢いてしまわないよう気をつけてほしい。

 

 

今の技術ではまだ下半身をキャタピラにすることはできない。だけども本格的にガタが来るであろう20年後の未来にはその男の下半身をキャタピラにすることができるだろう。私は見届けたい。手術室へ入っていくストレッチャーの上でサムズアップするその男の勇姿を。

手術中のランプがついている間は神に祈りを捧げて待とう。ここでいう神とはキャタピラの神日本キャタピラー、通称CATだ。

手術中のランプが消えたらふと顔をあげて緊張の面持ちでその男が出てくるのを待つ。全身麻酔から醒めたばかりなのにキャタピラで出てきたその男はあの日のように眼光を黒く鈍く光らせる。

これで全てうまくいく。そう言い残し神奈川県へ消えていった。その後の男の行方は誰も知らない。

 

街角でCATのキャタピラを見かけるたびに涙が溢れる。きっとどこかでまるでちょんまげハリウッドをしているに違いない。あの甘美な声はキャタピラの機械音で消えてしまった。なんでも機械にすればいいというわけではない。きっと今日もどこかの現場で甘美な声を打ち消され生きているのならそれでいいと思うしかないのだ。