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さかもツインの健康で文化的なようでそうでもない生活をお送りいたします

親知らずを抜いた日のこと

25歳の春、無職だった。無職ゆえのストレスというのは間違いなくあって、次の仕事はどうしよう、お給料がない、働いていない人の価値とは、など色んなことを考えてしまい心が荒む。心が荒めば身体も荒む。負の連鎖は親知らずの腫れという形になって現れた。ご飯が食べられないほど辛いという訳ではないがじんじんと痛む。歯医者に行くと抗生剤と痛み止めを出される。「親知らずは抜いた方がいいですね」と言われたが怖かったのでその時は「いいです」と言った。数日で腫れは引き親知らずの痛みなどすっかり忘れてしまった。

忘れた頃にやってくるのが厄介なもんで数ヶ月後また親知らずが腫れた。無職だから腫れるのかもしれない。歯磨きは欠かさずしていたがまた痛い思いをしたのでケアしてもダメならいよいよ抜き時かと親知らずを抜くことにした。

 

どうやら私の親知らずは埋もれており歯茎を切開しないと抜けないらしい。町の歯医者では処置できないとのことで紹介状を書いてもらい市民病院に行った。

 

昔から歯医者は嫌いで小学生のとき虫歯の治療で連れていかれた歯医者のドアにしがみつき大騒ぎして抵抗した。力付くで行かないと拒否しても小さな子どもの体は大人にひょいと担がれ難なく椅子に座らされた。あんまりにも叫んだので麻酔をかけられた。多分笑気麻酔だと思う。マスクをつけられるとぼんやりして何も痛みは感じなかった。子ども心にあれは何だったのかと思ったがうるさいから麻酔をかけられただけるである。

 

歯医者のトラウマというか恐怖心は間違いなくそこで植え付けられているので歯医者は未だに嫌いだ。ましてここに歯を抜きに来ている。絶対痛い。わかっている。叫んで暴れたら笑気麻酔をかけてくれるだろうか。待合室でそんなことを考えながら緊張の時を過ごした。

 

市民病院の初診では親知らずを抜かなかった。

診察後親知らずを抜くための説明、同意書とり、処置日の予約をするのみだった。4本の親知らずは右上下2本を抜いて1ヶ月後左上下2本を抜く段取りとなった。全部1度に抜くと腫れてご飯が食べられなくなるからだ。

口腔の処置というのは使いながら治していかないといけないので大変だと思う。

 

季節は春から梅雨になった。どんよりとした曇り空今にも降りだしそうな雨。私の気分と同じ色だった。

 

待合室に腰を掛け「汚れてもいい格好で来て下さい」と言われ汚れてもいい服を来た私は誰よりも病人の顔をしていたと思う。そんなに血が飛び散るのか、そんなに汚れるのか、不安しかない。

 

名前を呼ばれ歯医者のユニットに座る。

歯医者に「僕が口を開けてと言ったら開けてと言ったら下さい、それ以外は閉じてていいです。疲れちゃうからね。」と言われる。ハキハキしている先生でよかった。

ユニットから黒い酸素ボンベが見える。緊急用だと思われるが「あれを使うことになったら死だわね。」と少しだけ死を意識する。

 

リクライニングするユニットに身を任せ無影灯が口元に当たる。ヨシダと書いてあった。「ヨシダの無影灯ね、あたしはあんたのこと一生忘れないから」と少しだけ震える。

 

先生がカチャカチャと器具の用意をする。この医療器具のカチャカチャという音はクチャクチャ音を立てて食べるおっさんと同じくらい不快感がある。だけどクチャクチャおっさんと違うのは痛みを与えるかということだ。クチャクチャおっさんは不快だが痛くはない。医療器具のカチャカチャはいずれ私の身体を切り刻む。そう考えたらクチャクチャおっさんに少しだけ優しくなれるかもしれないと思った。

 

 

歯科衛生士さんが遅れてやってきてエプロンをつけてくれる。目元に何か布をかけてくれた。そっと目を閉じる。

「これから麻酔をしますからちょっと痛いですよ。」と言われる。

口を開けて待つとそれは拷問だった。

粘膜に、歯茎に刺される針のなんと痛いこと。そしてギチギチと入ってくる麻酔液。

「(え、麻酔だけでこんなに痛いの…?)」

速攻で心が折れてしまった。すごく痛い。麻酔がバカみたいに痛い。ギチギチギウウゥー。痛い。麻酔で治療断念しちゃうくらい痛い。治療疼痛のピークが序盤できてるけど大丈夫?いったん暴れる?ムリムリとか言っちゃう?涙目になりながら3回くらいこのギチギチをやられると右の歯茎はぼんやりしてきた。

「このまま麻酔が効くまで10分くらい待ちましょう。またあとで来ますね。」と一旦先生が去る。

ひとり取り残されたユニットで置かれた器具

を見ながらどうせこれで切ったり抜いたりすんでしょ、と想像する。歯はぼんやりしていて右顔面が動かしにくくなっている。麻酔が効いているようだ。

 

しばらくして先生が戻ってきた。

「それじゃあ抜いていきますね~」

なんて簡単に言う。分かっているのだろうか。私の身体を切って歯を取ってしまうのだよ?そんな簡単に言わないでほしい。いらない歯といえど歯を抜かれるのなんて、乳歯以来のことだからこちらはナーバスになっている。

 

下の歯から抜かれる。多分歯茎を切ったのだろう。麻酔が効いているのでよく分からないがぐっぐっとすごい力で押されたとき「(こんなの人間のすることじゃありませんで~拷問だぜ~)」と思考回路が停止した頭でぼんやりと思った。男の力強い手が私の奥歯をぐっぐっとやった。口の中にそんなに圧をかけたら死んでしまう~と思ったときに歯を抜いていたようで下の親知らずが先生の手から出てきた。

 

「抜けましたよ」

と見せてくれた親知らずが思っていたよりでかくて「キモッ」と思った。歯をこうやってまじまじ見ることはないので予想外の大きさに戸惑った。

 

上の親知らずはあっさり抜けたので先生の「それじゃあ抜いていきますね。」というテンションはそれで合っていたらしい。

「歯はどうしますか?持て帰りますか?それともこちらで処分しますか?」と聞かれこんなでかくて気持ち悪い歯はいらないと思ったので捨ててもらった。多分医療廃棄物として棄てられる私の親知らずはいったい何のために中途半端に生えてきたのか。あの親知らずは人生といっしょでなぜ生えてきたのか、なぜ生まれてきたのか考えるだけ無駄ということを教えてくれた。

 

処置中に「若いうちに親知らず抜くと治りも早いので早く来てくれて良かったですよ。」と何回か言われた。誉められているようで気分が良かった。

 

右の奥歯で止血のためのガーゼを噛み薬をその間薬をもらってきて下さいと言われ、外の調剤薬局に向かう。ガーゼを噛んでエスカレーターで1階へ降りていく途中『ズッキンズッキン』と信じられない痛みが襲ってきた。どうやら麻酔が切れたらしい。

痛い。肉が切れている痛みだ。ジンジンズッキンズッキンジンジンズッキンズッキン。歩く度に強くなるジンジンズッキン。

薬局で薬をもらってきて歯科へ戻る。

ガーゼを新しいのに交換してもらい「麻酔が切れて痛かったら痛み止め飲んでください。」と言われてその場で水をもらい薬を飲んだ。

内服の痛み止めが効くまで30分はかかる。それまでこの痛みを我慢しなくてはならない。けっこうしんどいなと思った。

 

心はもう折れて亡い。

考えるのをやめてお会計を済まし、電車で帰る余力もなかったのでタクシーに乗った。車で来なくて良かったなと目を閉じた。

 

 

家に帰ってから寝た。痛みと歯茎が切れているという事実が怖くて寝た。

起きてうがいをしたときに口から血のかたまりがどろりと出た。口の中の傷ってヤバイじゃんとしか言えない。ぼんやりとしながら痛み止めを飲んでまた寝た。心が折れたとき人間はそんなに動けない。「帰ってきたら掃除機をかける」と約束していたがその日掃除機はかけられなかった。

 

痛み止めのおかげで歯の痛みは自制内となり数日したら腫れも気にならなくなった。

1週間後抜糸をしにまた歯医者へ行った。糸をつつーと肉を通して抜かれるのは少し痛くて気持ち悪かった。抜糸の痛みを知ったのはいい経験だったと思う。

 

1ヶ月後、左の上下の親知らずを抜きに行くこととなったが前回の反省を生かし麻酔が切れて痛み止めの内服が効くまでのロスタイムに痛みを緩和できるよう待合室でバファリンを飲んでおいた。

1度に経験した痛みは少しは心の耐性がつくので麻酔も難なくクリアした。

左の親知らずが斜めに生えておりドリルで削ってしまったため吸引器のホースに歯の破片がシュポシュポ吸い込まれて「(歯が流れていく笑)」と楽しくなった。自分の歯が粉々になって吸い込まれていくのはきっとこの先2度と見ることはないだろう。

「歯を削ったので形がなくなってしまいました。」と先生は歯の欠片をみせてくれた。そして今回もそれを破棄してもらうことにした。気持ち悪いから。

 

そうして私の4本の親知らずは25歳のときに全部医療廃棄された。それから歯が腫れて痛むことはない。抜いておいて良かったと思っている。歯磨きも楽になった。歯が4本もなくなったのだから。歯磨きが億劫な人ほど親知らずは抜いた方がいいと思う。

 

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