こんなに強烈な空間は他にはないだろう。私は呆気にとられた。感情が燃え尽きてさらさらと灰になった気分だ。噎せかえるような昭和の世界を目の前に声すら出すこともできない。圧倒的敗北だった。
その強烈な空間は旅荘和歌水という。
吉祥寺の井の頭公園のすぐそばにあるラブホテルというには違うような…連れ込み宿と言った方が良いだろう。中はどうなっているのだろうと気になる旅荘である。
昭和レトロな空間が好きで最近は暇さえあれば昭和レトロ ラブホ で検索をかけているのだが、昨日たまたま旅荘和歌水の存在を知りこれは行くしかないと思った。けっこう古めかしそうな画像を見て心はすっかり萎縮していた。井の頭公園のベンチで勇気を振り絞って行くしかない、と己を奮い立たせた。梅雨の晴れ間は爽やかだった。
場所はすぐにわかった。以前近くにあるカフェに来たことがありここは何度か通っていたのだが旅荘があることなど気付きもしなかった。世の中見えていないものが多くて驚く。
年季を感じさせる構え。思わず怯んでしまい帰りたくなってしまった。だけどここまで来たら入るしかない。
休憩で入ろう。
中へ入ると60代以上のご婦人が出てくる。
「休憩で入れますか?」と聞くと、「ひとり?」「どの部屋がいい?」と聞かれる。
「写真を撮りにきたので特徴のある部屋があれば」と言うと「うちは全部違う造りの部屋だからね。好みがあるしどの部屋がいいとは言えないけど、そしたら3階の部屋でもいい?」と言うのでそれでお願いした。
休憩だと2階は4,500円、3階は5,000円らしい。
玄関のような小上がりを靴を脱いで上がりスリッパに履き替える。3階の部屋まで案内してもらい部屋の電気をつけてもらう。帰りはフロントに電話してとのことでご婦人は退室した。
…さてと。
この見たことない世界をどうしましょうかね。見て、この部屋。
はい。これね。
全体的に飴色と朱色の混ざった妖艶な空間。
このカーテン、好きだな。ベッドルームだけ特別な空間にしている。
ベッドから見る部屋。リビングと言うのだろうか。
籐の椅子がいい。
というかね、スリッパに紙が挟まってるんです。なにかの儀式みたい。ちょっとだけ歩きにくいんだ。衛生面に留意してるのだけど見たことないスリッパの展開に驚いた。
壁のライトは朧気で
メインのライトは電球が切れている。
こういう場所の寿命を見せつけられるようだ。そこがいいのだけど。
収納扉にはタオルとガウンがある。
和歌水と書かれたタオルが昭和っぽくていい。
これは壁紙。凹凸のある模様が昭和のゴージャスさを醸し出す。
この部屋でこれだけ平成だった、ファブリーズ。あとは全部本物の昭和。
ベッドルームは圧巻。
鏡の曲線美。
枕は2個じゃない、ロング枕なのだ。被布がペラペラ。
ライトははだか電球。
壁が一面こういう毛羽だったやつでふかふかしている。天井までこれ。
壁の謎の絵画。
壁の謎の扉。
開けたら…
窓だった。近隣住居への配慮で窓を開けないでと言われているので開けないが、閉所恐怖症の私からしてみれば毛の壁と赤絨毯、籠った空気が重苦しく辛いものがある。
あとこの椅子。
こわっ!!!泣いちゃうよこんなん出てきたら。
気迫が違う。こんな恐ろしい椅子は見たことがない。怖いという感覚の元凶はこれだ。
もう怖いからパーテーションで封じとこう。
さて、水回りはどんな感じだろう。
さっぱりとしていて清潔感がある。
円形の鏡がかわいらしい。
トイレのドアがゴーストタウンのバーのバインバインドアでまた怯む。
普通の洋式トイレで安心。
トイレットペーパーホルダーが斜めについているのもご愛敬。
浴室は明るく日が差す。
不思議なバスタブの形。1人用なのかな。
出た、昭和洗面器!最高!
出た!かわいらしい浴室タイル!最高!
完全に昭和だった。
ベッドルームとバスルームの壁。きっとガラス張りか何かだったのだろう。目隠しをされているがガラス張りだったらそれはそれでよかったのにな。
このままここにいてもいいかもしれないが閉所での活動限界タイムが来たので帰ることにした。フロントへ電話すると「わざわざ電話してくれたのね」と言われる。
私がいた部屋はぼたんと言うのか。花の名前の部屋というのは乙女心をくすぐる。
1階へ降りるとご婦人が裏口を案内してくれた。私の靴を裏口に用意してくれていた。
「写真は撮れた?」と聞かれたので「たくさん撮れました。見たこともない部屋を見られて楽しかったです。」と伝えると嬉しそうにしていた。「その写真はどうするの?本でも出すの?」と聞かれたので「Instagramに上げます。若い人、写真撮りにきませんか?」と聞くと来ないとのこと。アベックと女性同士のお客さんがほとんどらしい。
ここまでどっぷり昭和に浸った空間は貴重だ。気になる方はぜひ行かれてみては?
帰り際「他のお部屋もあるからまた写真撮りに来てね」と言われたのでまた行こうと思う。帰り道は空気に呑まれて心がすっかり無になったしまった。行くときは少しだけ強い心を持っていった方がいいと思う。ものすごい経験をした。