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さかもツインの健康で文化的なようでそうでもない生活をお送りいたします

5月7日のケーキ

 カレンダーの上では連休が明けで平日がやってきた。通勤電車はコロナウィルスによる外出自粛のため休日のように空いている。テレビをつければコロナウィルスのことばかり。例年のような連休中の各地のようすや渋滞情報は流れず賑やかさの静まる瞬間のないぼんやりとした5月のスタートである。

  

 好きだった人の誕生日は今年もやってきた。そうか、今日だったか、とあの人のことを思い浮かべる。別れてしばらく経ったのであの人を祝うというよりもここまでちゃんとやってきたという自分を祝うためのケーキ。帰り道にケーキ屋に寄りショーウィンドウに並べられた色とりどりのケーキを見つめる。

 

 あの人の好きなケーキってなんだったっけ。ショートケーキだったかな、チーズケーキだったかな。甘いものが好きでよく一緒にケーキを食べた気がする。付き合って初めての誕生日は箱根に旅行に行った。ホテルのカフェで私はピンクのロールケーキを、あの人は何を食べていただろう。お互いのケーキを交換して美味しいねと笑ってなんでもないことを話したな。どれだけ一緒にいてもまだ一緒にいたいと思えたなんてよぼと気が合ったのだろう。初夏の新緑と爽やかな青空の中手を繋いで散歩をしてそれだけでもう幸せだった。

 

 私の好きなケーキってなんだっけ。

チョコケーキもショートケーキもモンブランもフルーツのタルトもみんな好きだけどどれかひとつだけと言われたら悩んでしまう。しばらく悩んであの人に囚われない自分の食べたいケーキを選んだ。小さなレモンクリームのケーキ。

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 あの人がいなくてもちゃんと今日までやってこれた私を祝おう。ハッピー…?トゥーミー。

あぁ、ちゃんとしてないこともあるか。帰ってきて化粧も落とさず電気をつけたまま床で寝たり夕飯サボって納豆ご飯で済ませたり洗濯物を畳んでしまわずカーテンレールにかけっぱなしだったり。あの人には見せられないちゃんとしてない私もいる。それでも大きな怪我や病気もなくくじけず好きなことを全力で好きでいて楽しんでいる。大丈夫、あの人がいなくてもひとりでもそこそこちゃんとやってるよ。元気でいるよ。

 

 別れ際にあの人からもらった手紙には「皆は頑張りすぎるなって言うだろうけど、あなたはあなたのやるべきことを全力でやりきってください。」と書いてあった。あの頃の私には少しだけ厳しく感じたけどこの言葉には何度も励まされ救われた。どうしても辛いとき机の引き出しからあの人の手紙を引っ張り出して読みながら泣いていたのだ。

 結果はどうであれ全力でやりきったとき冬に変わり始めた高い空は青くて「世界はこんなにも美しいんだ」と思った。あの日から空を毎日見ている。晴れの日も曇りの日も雨の日も雪の日も。毎日今日もいい空だねと思えるならあの人の言葉も私のやってきたこともそれでよかったのだろう。

 

 いつかまたどこかで会えたら、あの言葉をくれてありがとうと言いたい。だけど顔を見たらきっと泣いてしまうからきっと会うべきではないのだろう。私の心の中のか弱くて脆い場所にあなたはいる。きっとあなた以外にはしばらく誰も立ち入れない場所だろう。人生のうちのわずかな時を寄り添ってくれたのがあなたでよかった。私は私を祝って、やっぱりあなたの33歳の誕生日も少しだけ祝って、レモンクリームのケーキは爽やかで5月7日に相応しいケーキだった。