ひょんなことから青森へ行くこととなり、そういえば青森には元遊郭の旅館があったなと本を開いてみたら新むつ旅館が目にとまった。
ちょうど行動範囲内の場所にあり、いつか行ってみたいが今なんだろうなと宿泊予約の電話をかけた。電話越しでもわかるほど気立てのいい女将さんが出た。
「宿泊ね。ひとり?大きい部屋でもいい?お部屋ね、鍵がついてないのよ。大丈夫?」
と聞かれ少し悩んだ。鍵のない宿に泊まったことはない。不安は新むつ旅館に泊まりたいという気持ちにかき消され「古い旅館だってわかってますので…大丈夫です。」と答えた。
「2,3日前にもう1度確認の電話をかけてくれる?」
とのことで出発の日が迫ってきた頃また電話をかけた。
「夕食はどうするの?ここらへんは何もないんだけど」と心配してくれた。近くにラーメン屋があることは調べていたのでそこへ行くと伝えじゃあ当日よろしくお願いしますと電話を切った。行く前から女将さんの優しさに触れて胸がじーんと熱くなっていた。
日が沈む頃、最寄りの小中野という駅に着く。
あたりはしんとして寒かった。駅前は学校帰りの学生さんたちで賑わっていたがコンビニや喫茶店などはなく、50mも歩けばたちまち誰もいない世界となった。関東とは全く違う風景だし、誰もいない分寒さが身に凍みる。
途中道を間違えたがなんとか到着。
あぁ、これが憧れの新むつ旅館か。
素敵な色だ。夕刻の屋内の灯りというのはどうしてこんなに暖かいのか。光に誘われて中へ入る。
奥から女将さんが出てきて今どきの非接触型体温計で検温をする。レトロな旅館と今どきの体温計のギャップに笑ってしまった。
どうやら今夜の宿泊客のなかで1番に辿り着いたようで客室の電気はついていなかった。静かな館内を簡単に説明してもらい、「なんでも見ていって。」と歓迎してくれた。
大きなおかめさん。インターネットの画像で見た通り存在感がある。
Y字の階段。木の色や形の美しさにしばらく見とれてしまった。
そうだよな、元遊郭だもの、一夜の夢をみせる場所だからこれくらい強くて美しいのがいいよな。
階段を上ったりおりたり、
廊下をそそそと歩いてみたり。
来てみたいと思った場所に体を置いたときの高揚感というのはすごい。ため息をついても落ち着けそうにない。
私の部屋はここらしい。
鍵がない、というのは襖だから。
部屋には布団が敷いてありおばあちゃん家に来たようで懐かしくこの場所にすっと馴染めた気がした。
部屋にはタオル、バスタオル、歯ブラシがある。普通の旅館と一緒。浴衣は色浴衣だった。お客さんのサイズに合わせて出してくれる。旅館の名前が入った浴衣もいいけどもこういうのもいい。着心地もよかったのですっかり気に入ってしまった。
部屋の調度品。
ライトはつかなかった。
キセル。
鏡台の引き出しには何もなかった。ここにお化粧品などを入れていたのだろうか。
木に色々書いてある。
客室なのに生きた博物館みたいな見ごたえ。
ちら。
廊下。
部屋の奥廊下にも階段。
探検のしがいがある!
普通のホテルだったらロビーっていう場所。
ここは高くなっているお座敷。
カーテンを開けると格子窓になっている。
外から見るとこう。
ここは顔見世をしていた部屋で、一段高くなっているのは外を歩く人とお女郎さんが座ってここから外を見ると目線が同じくらいになるよう工夫されているそう。見せるということにいかに力を入れていたかよくわかります。
あ。
これはお女郎さんたちが「お客さんが来るように」と願掛けをするときに使っていたそう。ひもをつけて引きずって歩いていたからぼろぼろなんですって。
「よくできてますね」と言ったら女将さんは「ふふ、よくできてるでしょ」と照れ笑いしていた。
重箱や
アイロン
懐かしの昭和扇風機
箪笥
趣がすごい。
遊郭にきたお客さんの記録。
当時の写真まで。
お女郎さんと芸者さんがいたそう。
みんなにこやかでいい写真。
海水浴?
昔の写真ってなんでこんなにおもしろいのだろう。時間を忘れて見いってたしまった。
女将さんが言うには「ここは知っている人の娘さんが売られてくることも多かったから他の遊郭みたいにキツくはなかったのかもね。写真に写ってるのは芸者さんなの。」だそう。
にこやかな写真を見ればここでの生活が辛いことばかりでなかったと思われるのだが、実際は等の本人たちにしかわからないのであくまでも想像で。写真に写るときの顔って人生を物語るなぁなんて考えながらアルバムを閉じた。
さて、現代に気持ちを戻し探検再開。
おかめさんの奥の廊下を進むと
突き当たりに洗面所がある。
お風呂はこんな感じ。
1階のトイレ。
2階のトイレ。
洗面所、お風呂、トイレは宿泊者共用なので譲り合って使うのがルールです。木造の建物なので人の気配を感じたら時間をずらして行く、みたいな感じだとうまくやれるのでは?
どこもきれいに掃除してあるのでとても心地よく使えました。
長くなってきたのでこのへんで前編終了、後編に続きます。