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戦友が嫁いだ日

 戦友が嫁いだ。ここで言う戦友とは婚カツという戦場を共に走り回ってきた友人Kのことである。

 友人Kとは専門学生時代からの付き合いで、気難しい私が珍しく心を許せる人だ。だからこんなに長い付き合いになったのだと思う。専門学校を卒業し職場が離れても月に1度は遊ぶしたまに旅行に行く仲だ。会えば恋の話ばかりしてきた。

 20代、初恋の話、今の好きな人の話、うまくいきそうな予感、いいことばかりではない。うまくいかないこともこの戦の中では多々あった。落ち込む友人Kを励ます旅に出て海で好きな男の名前を叫ばせた。写真を撮って「かっこいいよ、Kさん、かっこいいよ」と励ました。励みになっていたかはわからないが、帰りの電車で「ちょっと元気出た」と言われて嬉しかった。

 

 うまくいかないこの婚カツという戦場は私も辛いと思ったが友人Kはもっと辛いと思っていただろう。お互い好きあってスムーズに結婚していく他の友人たちを見送りながら素直に祝ってあげられないと落ち込むこともあった。「次は我々が幸せになろうよ、絶対だよ!」と話して気持ちを前に持っていく。女の子だもんいつだってHAPPYでいなきゃね、みたいな常套句ですら心に重くのし掛かる日も、友人Kと生ハムやウニといった好物を食べて乗り越えてきた。婚カツに必要なのは上等なワンピースや品のいい口紅ではなく一緒に戦う友だ。好きな男の良きも悪きも何でも話して笑い合えるのが1番の武器だったと思う。

 

 友人Kは男性に対しなかなかに厳しかった。見てくれや性格、収入という条件ではなく、自分が「この人大丈夫だ」と思えること、という条件だ。本人の感覚なので具体的なことはわからない。

ただ高校生のときに痴漢に合いその痴漢の横顔を見たときの恐怖と嫌悪感は何年経っても忘れて克服できるものではなかったようだ。男の人の横顔をみてしまうとゾッとしていまいダメになると言っていた。いい感じになった男性と2人で出かけるときに横顔を見ないようにしていたらしい。人はどんなことがきっかけでトラウマになるかわからないが、好きな人と結婚して幸せになりたいという乙女の夢を痴漢がここまで壊していくというのは許せない。触って減るもんじゃないんだから、と軽口は叩けない。後々まで心に傷を負わせる。それは現実として知っておいてほしい。女性が言う「生理的に無理」というのはこういう背景があったりするのだ。キモいからとかそんな簡単なものではない。

 

 それでも友人Kは戦った。負けても負けても心が折れても。きっとうまくいくと信じて、飲み会や紹介を受けて色んな人と出会ってきた。奥手だった友人Kが男性と談話できるレベルになったのを飲み会で見たとき、帰り道に「Kさん、本当によく話せるようになったね、良かったね」と何度もほめた。友人Kの成長は嬉しかったのだ。

 

 時は経ち30歳を過ぎた。

先に結婚した友人たちは子どもの話を始める。まだ結婚すらしていない我々は子どものことを考えるとそろそろ年齢的にも厳しいねという話になっていった。 テレビで30代後半~40代で妊娠出産を報じても自分の身体の変化は自分が1番よく分かっている。「体力も落ちたし若くはない。でもできれば子どもがほしい」と彼氏すらいないのに話した。1分1秒でも早く。タイムリミットというプレッシャーも加わり戦場はより過酷なものとなった。

 

 その頃友人Kに男友達ができた。グループを通して一緒に遊びにいったりしていたそうだ。友人Kは恋愛感情を持たない自然な関係ができたことを喜んでいた。また別に好きな人がいたため恋愛話としてはこの別の好きな人の話をメインで聞くことが多かった。なかなか関係を進められず男友達に相談したりしながらもやもやする時期を過ごした。

 

 次第に友人Kの男友達が特別な異性に変わってきた。先に好意を打って出してきたのは男友達の方だ。初めは男友達という感覚が抜けなかったそうだが次第に心がほぐれて2人は無事に付き合うことになった。よく知った仲だから嫌悪感も抱かず付き合えたということは友人Kにとって大きなことだった。

 私はなにより友人Kを選んだその男友達のことを評価したい。

友人Kはとにかくいい人だ。いい女というよりもいい人なのである。おっちょこちょいでいつもみんなに笑われている。なぜか友人Kの周りには人が集まってみんなニコニコしている。太ズボラなところもあるがそれすら愛される太陽のような人だ。

私はそんな友人Kのおおらかさと優しさに救われている。おっちょこちょいすぎてイラッとすることもあるがそれを上回る良さと魅力がある。

一緒に遊んでいて私が具合が悪くなったときはるばる車で家まで送り届けて飲み物と軽食まで持たせてくれたときは本当に助かった。

駅に知らない人のイヤホンが落ちていれば拾って駅員さんに渡すような人だ。

花火大会でメッセージ付きの花火が打ち上がったときに彼氏が「ああいうの寒いよな」と言えば、「そういうのを見て寒いと言う、もし自分の子どもにもそう言い茶化すことを教えていくのか?茶化すことがかっこいいと思っているのか?本気でやっている人に失礼だ」と怒る人だ。

友人Kの優しさというのは上部だけでなく、きちんと優しさを受けてまっすぐに育った人の本当の優しさなのだ。触れるだけで涙が出そうになる優しさだ。

 友人Kの良さというのは気付かない人は気付かない。それに気付いてそこを好きになってくれて友人Kを選んでくれた男友達にありがとうと言って「あんたは幸せもんだよ」と背中をバシバシ叩きたい。

 

 付き合い始めた報告を聞いたとき少し泣きそうになってしまったが「そんなことで泣かないでよっ」と笑われ一緒に笑って涙を吹き飛ばした。

なかなかプロポーズに至るまで時間がかかり友人Kも不安な日々を過ごしたようだった。なんとか婚約を経てこのたび入籍をした。プロポーズの日は台風、入籍の日は大雨、私までソワソワしながらその日を迎えた。「雨女で色々トラブルもあったけど無事に入籍しました」とメッセージをもらったとき、こんなにうれしいことはないと思った。

 

 穏やかな気持ちで戦友を見送った。不思議と自分の中に焦りとか羨ましさがなかった。友人Kは結婚して誰かを幸せにして幸せにされるべき人だからだ。側で見守ってきて安堵感がある。結婚式よりもこれから住む場所や職場、子どものことで今は手一杯のようだ。できれば花嫁姿が見たい。きっと泣いてしまうだろうけど幸せでいっぱいな友人Kの姿を祝福したい。そして戦場でボロボロになっていた20代の頃の友人Kに「大丈夫、未来は幸せになっているから」と教えてあげたい。あの頃には想像もしなかったような結末かもしれない。

戦場に人知れず1つ花が咲いた日の話。