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さかもツインの健康で文化的なようでそうでもない生活をお送りいたします

カーネーションを贈る人はもういない

駅前の花屋にカーネーションの花束が売られそれを買おうと並ぶ父子の姿を見て母の日だと気付く。私にはカーネーションを贈る人はもういない。4年前から母の日は寂しいものとなった。

 

もともとカーネーションという花が好きではない母に母の日用の花を買うと「カーネーションは好きじゃないんだ」と言われたので、母の日の贈り物というのにはずいぶん頭を悩ませてきた。こだわりの強い人で何を贈っても気に入ってもらうことはなかった。いや、へそ曲がりなあの人のことなので本心では喜んでいたのかもしれないが、表に出すことはなかった。何年もそういうことを繰り返すうちに、一緒に買い物に行き欲しいものを買うことにした。スカーフや日傘ひとつをとっても値段が高ければ遠慮し、気に入らないポイントがあればごねて選ぶのには骨が折れた。結局買った日傘は勿体ないから特別なときに、ということで滅多に使っていなかった。最後に母の日の贈り物として買ったのは帽子だった気がする。プレゼント用の包装もしないイオンの袋のまま自分で持って帰っていた。気難しい人を母に持つのはなかなかに大変なことである。

母は大変厳しい人でもあり幼少期は些細なことで怒られた。仲良し親子、とか姉妹みたいな親子というのには憧れた。一緒に買い物に行ったり恋の話をしたり手を繋いだり、そんなことはなかった。手を繋いだ記憶というのがほとんどない。抱っこしてもらったり甘やかされた記憶もない。まぁ病弱な双子の母親というのはとにかく手一杯でかわいがる余裕などなかっただろうと今なら思う。

かわいがられはしなかったが、よく面倒をみてくれたと思う。風邪を引けば氷枕を作り好きなものを食べさせてくれた。お粥は20歳を過ぎても作ってくれて、私はお粥が好きでなかったのでほとんど食べなかったが今になってそのありがたさが身に染みる。

風邪を引いて寝込む。食欲のない中、なんとか食べられるアイスを食べ「お粥を作ってくれる人はもういないのか」と思ったら泣いてしまったことがある。涙が溢れて止まらなかった。母を亡くした寂しさというのはふとしたときに未だに込み上げてくる。

 

よく夢を見る。晩年の母が生きて今の我々家族の生活に入り込んでくる夢だ。

ガンを煩い痛みと闘ってきた母の姿ばかり思い出される。「痛み止め飲んだ?」「薬増やす?」「大丈夫?」「もう休んでて」いつも心配していたことを未だに心配している。

それでも1つだけ、母にどうしてもお願いしたいことが私にはある。母が作った餃子が食べたいのだ。母が作った餃子は世界で1番おいしい。死ぬ前に何が食べたいかと問われれば私は「母が作った餃子」と答える。もう4年も食べていないので完璧に味を思い出すことはできないがあの餃子でないと嫌なのだ。

餃子を作るときに下ろし金でにんにくをすりおろすから手がにんにく臭くて、キスミーのハンドクリームと混じった匂いが母の手の匂いだ。その手で寝る前に絵本を読んでもらったり冬の寒い時期に顔にクリームを塗ってもらった思い出が甦る。懐かしくて2度と戻ることのない時間を忘れないよう何度も思い返す。

 

夢に出てくる母に「調子が良かったら餃子を作ってくれない?」と何度もお願いしてきた。体調の心配をしながらも、どうしてもあの餃子が食べたいのだ。夢の中の話なので調子を伺ううちに目覚めてしまい結局餃子までたどり着けないのだが。

 

もっと甘えたり餃子を作ってもらったり一緒に台所に立ったり母の行きたいところに連れていってあげればよかった。もっと色んな話をすればよかった。もっと手を繋いでいればよかった。

こうして夢枕に何度も立つという母もまたもっと餃子を食べさせてあげればよかった、と思っているのかもしれない。

もっとなにかをすればよかった、と考えればキリがない。それは死別して何年経っても思うことだ。時が来れば薄れる気持ちもあるだろうが、時が流れても薄れない気持ちもある。

 

母の日に思うのは感謝の気持ちは特別な時だけではなく常々表現しておくべきだったということだ。当たり前に用意された食事もいつもふかふかの布団も洗濯された服たちも全ては母のおかげだったことを、それをいつもありがとうと言えなかったことが悔やまれる。

 

今日、仏壇に供えられた芍薬の花は気に入っただろうか。季節の花なのできっと気に入ってくれただろう。手を合わせながらこっちはなんとかみんな元気でやってるから心配しなくていいよ、そっちでのんびりしてて下さいと言う。働き者の母なのでのんびりするのは苦手かもしれないがもう十分働いたのだもの。

ありがとうとは大して言えなかったけど、あなたの偉大さはどうやっても越えられそうにありません。同じようにやっても同じようになんかならないさ。本当にすごい人でしたね。好きかどうかなんて恥ずかしくて言えないけど、世界で1番大切な人です。今だって。いつかまた同じ世界へ行ったときにはお母さんの作った餃子が大好きだったんだと伝えたいが、それはまだまだ先の話となりそうだ。

 

 

今週のお題「母の日」