シェフ、あいつの牛タンミキサーにかけてやってくれないか?そう言いたくなる夜があるらしい。
私の話ではない、ある女の話だ。
その女は無性に牛タンを食べたくなり、Nぎしという牛タンを扱う飲食店へ行った。ひとりで行った為カウンターの席へ通される。
隣には牛タンを食べる男がいた。牛タンを食べたことのある人ならわかると思うが、弾力のある肉質は咀嚼する楽しみを与えてくれる。あの独特の歯応えが好きな人も多いだろう。その肉質のため通常より咀嚼音が増すらしい。クチャクチャ、クチャクチャ、牛タンが口腔内で液状になるまで咀嚼をする。
その女は他人の咀嚼音がめちゃくちゃ苦手でよりによってカウンターで隣の男が牛タンをクチャクチャ食べる音にすっかり気が滅入って牛タンどころじゃなくなってしまったという。
まぁ牛タンという咀嚼音が強調される食べ物を選んでNぎしにきた以上我慢するしかないのだが、『生理的に無理』という若い女の拒絶感はそれが消滅するまで無理を押し通す。
シェフ、あいつの牛タンミキサーにかけてやってくれないか?
この言葉で解決したであろう。牛タンを咀嚼しなくても食べられるように。とろろに混ぜてしまおう。ミキサー食にすれば問題ない。咀嚼しなくても食えるんだから。クチャクチャ言わずに食べられるんだ。平和だね。ハッピーエンドだね。マナー講師も出る幕がなかったよ。クチャクチャ言うやつはミキサー食にすればいい。
気にしすぎという人もいるかもしれない。クチャクチャものを食べる人は静かにものを食べることを学ぶ機会がなかったのかもしれないのだから責めることなどできない。
でも、そのクチャクチャが気味悪いというか生理的に無理という人もいるのだ。お上品に食事を食べることだけが全てではないけど、クチャクチャ言う人と食事に行きたくないという事実がある。クチャクチャ言ってる自覚がない人がいるなら隣のカウンター席の若い女の顔を少しだけ伺ってみるといい。めちゃくちゃ嫌な顔をしていたらそれはクチャクチャうるさいというサインかもしれない。君が見せる仕草、僕に向けられてるサインである。
ミキサーをスッと出されたらクチャクチャうるさいという自覚を持たれよ、という話である。ちなみに私はクチャクチャ言う人にはうるさいと思いつつ何も言えないタイプなので、どうしようもなくなったらミキサーちらつかせようかなと考えている。