先日友人にパンティをもらった。
ねね(姉)はだいたい勝負下着でいる。勝負はしないのだけど、上下はおそろい、レースや刺繍などかわいいデザイン、パステルカラーのふんわりした下着を着ていることが多い。かわいくない下着は気分が乗らなくなるし、万が一にも急に勝負することになったら恥ずかしくない姿でいたいじゃないですか、ってそう思って自分で下着を買うようになりン十年、急な勝負はなかったんですけどね。なかったんですよね~ハハハ(ここで突然血の涙が噴出、メンタルが死に至る)
そのパンティをくれた友人はでかいパンティをはくことで有名な女だ。へそまで隠れそうなでかいパンティはおばさんのはくやつというイメージがあるのでへそまで隠れそうなでかいパンティをはくのは抵抗感が強い。ねねの心にはおばさんである自覚と、まだ多少はかわいさとかを持ち合わせていたい乙女心が同居しているから。デカいパンティめちゃくちゃダサいじゃんって。
でかいパンティをバカにしながらも、でかいパンティをはいた感想を嬉しそうに話す友人を見てでかいパンティに興味がわいてくる。そんなにはき心地いいの?それならちょっとはいてみてもいいかなと少しだけ思っていたところにでかいパンティをもらってしまったのだ。
実際手に取るとでかい。というか長い。胴のところが長い。これはダサい。手持ちのパンティの中でいちばんおばさんくさい。それでも手に取ると木綿の滑らかさに驚く。普段のパンティは化繊のやつではけるけど履き心地は木綿に劣る。
でかいパンティはさわると気持ちいい。はいてみたさが80%までわいてきた。でも20%はやはりデザインのおばさん臭さで拒否をする。
でかいパンティを洗って干した。はくことを考えた。これをはいて外に出るのが恥ずかしいから。おばさんみたいなパンティをはいてるのがバレたら…怖い。いや、バレたとしてもどうってことはないのだが。
ならば夜寝ている間だけはいて朝いつものパンティにはきかえて仕事に行けばいいじゃないか、そう思い早速風呂上がりにはいてみた。
「え…」
「はいてるのにはいてない!?」
「なめらか」
でかいパンティの滑らかさにおどろく。やわらかくてしなやかでふんわりした布地に包まれ気持ちいい。朗らかな気分だ。なにこれ、あいつこんなのはいてたんかよ…そりゃゴリ押しするわけだわ。
「これはパンティ開化、いや、パンティデモクラシーだっ!」
説明しよう、パンティデモクラシーとはパンティの生地と己の皮膚が同一線上にあること。
デモクラシーの本来の言葉は(democracy) 民主政体。民主主義。民主的な原理、思想、実践。また、日常生活での人間関係における自由や平等。ということ。
パンティとは無縁の世界の言葉だが、デモクラシーという言葉がなぜか似合う、それがでかいパンティなのだ。概念。臀部を包み込む概念。これはパンティの枠をこえた優しさの化身なのである。
パンティデモクラシー、それはねねが主体のパンティによる優しさを享受した日なのであった。この優しさ、もう手離せない。
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