気付かないふりをしている。本当は気付いている。
ねねに霊感はない。34年生きてきてお化けも幽霊も見たことがない。病院に10年以上勤めているけど幽霊を見たことがない。ちょっと見てみたいとは思っている。
職場の人たちが「線香のにおいがする」「片付けた椅子がまた出ていた」「窓際から女がこちらをみていてヤバッと思ったて目を背けたら0距離で女に見つめられた」「あり得ない場所に血痕が」「亡くなった人の息づかいが聞こえて「はいはい」と返事をして振り返ったら誰もいなくてそうだあの人は亡くなったんだと気付いた」「そこのベッドに入院するとベッドの下に子どもかいるって患者さんが言ってくるの」
などなど言ってくるのを「こわ~い」と言いながらわくわくして聞いている。この手の話は意外と盛り上がる。休憩時間などに今まであった怖い話をし始めるとあっという間に時間が過ぎる。もし看護師さんと話す機会があれば聞いてみてほしい。けっこう皆さんペラペラ喋ると思うので盛り上がるだろう。
(怖い話同様ハプニング話もけっこう盛り上がる。インシデント、アクシデントは誰しもあるので共感しがち。管が抜けた、患者さんが転倒してた、などなど。)
今年に入ってからちょっと気になることが続いた。
ねねは日勤しかしないので怪奇現象は昼間っからないだろうと思っているので各病室へは「おはよ~ございます~」とへらへら入っていく。朝の検温でパルスオキシメーターというものを使う。脈拍と酸素飽和度がわかるやつだ。指先にぴっとはめると電源がついて数値が出てくる。脈拍に合わせてピコピコと動く❤️のマークが出る。指を外すと電源は勝手に切れる。画面は無になる。
↑こういうの。
ひとりの患者さんの指にはめて外す。ワゴンの上に置き次の患者さんの検温にまわる。そして異変に気付く。
指に挟んでいないのにピコピコしてる!
❤️のマークが点滅し何者かの脈拍を感知している。「おおっと!君は何を感知してるだね?それは感知しなくていいやつだで?」と心の中で呟く。背筋が凍る。気のせいかと思ってもずっとピコピコしている。
そうだ、ここのベッドは先週ステルベンがあったところだ。もしかして○○さん…?と思う。おしりがキュッとする。
こういうのは気付かないふりがいい。
「は~忙し!」「こんなときにピコピコ壊れないでよね!」
みたいなことを言いながらそのパルスオキシメーターには触らない。怖いから。その部屋の検温が終わり部屋を出たらピコピコは止まった。
あ~これはあれだな、あれあれ。と思った。でも言わない。言ったら認めてしまうから。あれだな、に留めておく。
先週は小部屋に行ったら窓がバタンと開いた。「今日風強かったかな~…?誰か半開きにしてたんだろうね~」とちょっと青ざめる。確かに部屋に入ったときその窓は閉まっていたのだ。はいはいはいはい、そういう感じ出してきちゃう?みたいな。
気付かないふりをしている。本当は誰か何か言いたいのだろう。言いたいことがあるのだろう。でも声は聞こえない。言いたいことがわからない。
看護師さんたちは亡くなっていった人のことを忘れていない。名前をど忘れすることはあるけど、あのベッドに寝ててこういう人であんなことがあったよね、とたまに話す。忘れられないように気付かせたいのだろうか。
大丈夫、忘れないよ。あなたたちが一生懸命生きていたのを一生懸命看ていたから。だから安心して眠っていいよ。最期に過ごす場所を選べなかったかもしれないけど病院で過ごすことが本意ではなかったかもしれないけど何かのご縁であなたと向き合わせて頂いたことは忘れないから。
だから気付かないふりをして今日を生きる人と過ごす。