どんな男の「愛してる」の言葉もこの船の前で薄っぺらいものになってしまう。この昭和の煌めきに魅せられたら私の人生で愛の言葉がさほど意味のないものになってしまった。つくづくそう思わされる場所がある。
何が起きても気をしっかり持ってね、と意気込んだ。
重い扉を開けるとポップな壁に迎えられる。
ひっそりとした階段を進む。
エアシューターの横を抜けると
引き戸の扉。
紅葉柄の絨毯にはっとさせられる。
御簾から漏れる飴色の光を浴びながら廊下を進む。
たんと足を伸ばして寛いでください、の声も聞かぬまま目をやった先にあるのは、
舟形のベッドである。
ひとつ大きなため息をついた。俗世を離れるために。
この舟に乗れば浮き世を渡ることができるだろうか。
まぁいい、今だけは何も考えずに。
遠い昔には水を張っていたのかもしれない。
その姿も見てみたかった。
ここがどこだかわからなくなるくらい非日常が溢れている。
ちょっとだけ現実に戻ってきましょうか。
過ごすには快適な寛ぎスペース。
丸い鏡は乙女心をくすぐる。
洗面スペースは広々。
お手洗いのタイルは赤。
そして、浴室へ。
すっかり驚かされてしまいました。
金色のバスタブに金色の天装飾。
電気をつけるとキラキラと光る。
透け感のあるガラス窓から舟を眺めながら。
浴室もまたこちらを見ている。
装飾のひとつひとつが愛おしい。
離れてみて分かる俗世の良さを少しだけ考えて、去り行く寂しさを夕日と共に沈めた。
2021年11月訪問